万座温泉豊国館 湯治の旅


訪問日:2015/1/29

上州万座温泉。
白根山の火山ガスの影響を受けて湧き出る高濃度の酸性硫黄泉は「日本一硫黄濃度が高い温泉」と称され、その効能たるや草津温泉をも凌ぐ(と思っている)。
また、標高1800mと高所に位置し「日本一標高が高い温泉地」とも称される。
あまりの秘境ゆえ、温泉以外には何もない場所。
しかし、その他には何も必要ない程の極上の湯が、万座の地には湧いている。

そんな万座温泉で泊まりたいと、今回、2泊3日の湯治の旅を計画した。






1月下旬、万座に向け出発した。
白根の山を眺めると、雪を纏った真白な山容を見せていた。
下界を離れ、これから目指す楽園に思いを馳せる。






万座ハイウェーを使い万座までやってきた。

ただでさえ山の奥の奥に位置し、アクセスに難のある万座温泉だが、冬の時期は一般道路が全て冬季通行止めとなる為、唯一のアクセスの方法は有料道路の万座ハイウェーを利用する他ない(片道1050円)。
そして有料道路を使って万座まで来たとしても、草津や志賀高原方面は一切抜けられず、万座の地は数軒の温泉宿があるだけの陸の孤島と化す。






深く険しい山あいに建つ数軒の温泉宿。
その他には何一つない。

飲み屋?スナック?そんなものはある訳が無い。
それどころか、コンビニも無ければスーパーすら無い。
宿に泊まって浴衣で外に出たって遊べるような温泉街も無い。
本当になんにも無い万座温泉。

あるのは温泉だけ。

しかし、その温泉は日本一の最高の湯。
万座の湯さえあれば、他には何も要らない。








活火山である白根山の火口から直線距離で2.5km程度しか離れていない万座温泉では、至る場所から硫化水素が立ち上る。
硫化水素ガスは非常に危険な為、一部区間では駐停車禁止の措置が採られているほどである。
この場所は温泉宿の目と鼻の先であり、如何に万座温泉がとんでもない場所で営業しているかが分かだろう。






さて、今回私が予約した宿は、昭和2年開業の老舗旅館、豊国館。
私が愛して止まない極上の宿だ。
日帰り入浴で何度か訪れている万座温泉だが、毎回豊国館に行ってしまうので他の万座の湯には未だ入った事がない。
豊国館はそれくらい気に入っている。

宿泊は今回が初めて。
遂に宿泊できるとあって楽しみでならない。






豊国館は木造3階建ての温もり溢れる鄙びた宿。
万座温泉の中でも一番風情がある。






それでは入館。






扉を開けると、まずは大きな玄関が迎えてくれる。
スキー客を多く受け入れる性質上、用具掛けやシューズを脱ぐためのスペースが大きく確保されていた。






更に扉を開け、フロントへ。
館内へ入ると、古い木造住宅の匂いが鼻に付く。
どこか懐かしさを感じる、落ち着く匂い。

フロントで全て手書きのアナログなチェックインを済ませる。






トイレなや洗面所、自炊室の説明を受けた後、今回私がお世話になる部屋に案内された。
うんうん、渋くていい部屋だ。

私が泊まる部屋は「本館」となり、昔からのボロイ・・いや風情のある部屋になる。
お値段がちょっと高めで綺麗な「新館」でも泊まれるが、私としては高い金額を出してでも本館に泊まりたかったので、安くて古い「本館」は一石二鳥。
※この部屋は湯治客用の部屋で、本館でも一般宿泊者のお部屋はもっときれい。

私の宿泊プランは1人1部屋使用の2泊3日の湯治用の自炊プラン。
暖房費や入湯税込みで1泊あたり4390円だった。
なんていうか申し訳なくなるほど安い。
お一人様でも快く泊めて下さるのはとてもありがたく思う。

自炊プランはもちろん全食自炊で、自炊室を使って自分で飯を作る。
また、アメニティグッズは一切無く、タオル、歯ブラシ、浴衣、などは置いていないので自前で持ってくる必要がある。
あるのは極上の湯だけ、そんな昔ながらの湯治宿。






客室にはエアコンとテレビ完備。
草津と同様、硫化水素ガスの影響で家電はすぐに駄目になり、年中修理に出しているとか。

荷物を置いて一息つく。
まずは温泉に入ろうか。






板張りの内湯に入ると、硫黄の香りが充満していた。
硫化水素ガスは危険な為、配湯の途中でガス抜きを行っている。
なので浴室に満たされる硫黄の香りはそれほど強くない。

熱々で新鮮な酸性硫黄泉を頭にぶっ掛ける。
か~、効く~~。

湯船には源泉が常に注ぎ込まれ、もちろん掛け流し。
お客も少ないので湯は新鮮そのもの。
肩まで浸かり極上の湯を独り占め。
極楽極楽。






露天に出る。
一面の雪景色に浮かぶ白濁の湯船。
運良く誰も入っておらず、露天でも贅沢に独り占め出来た。






3m×9mのプールのような大きさ。
更に驚きなのが、湯船の深さが1mもある。






露天ももちろん源泉掛け流し。
源泉を飲むと苦酸っぱかった。
注ぎ口付近で寛いでいると、足元に変な感触がした。
何やらフワフワした藻のような感触・・。

まさか!!

桶で足元の湯を汲み取ると、思った通り、大量の湯の花が採れた。
注ぎ口の下部には硫黄の湯の花が沈澱しているようだ。
桶で掬った湯の花を身体に擦りこむと、身体は一層硫黄の香りに包まれた。






広い湯船に極上の湯。
真白の雪を目前にして雪見風呂としゃれ込む。
しかもこの空間を独り占めとなれば、これを贅沢と言わず何を贅沢と言おう。

日帰り入浴の場合でも、500円という破格の値段でこの極上の湯が味わえる。
しかも何故だかここはお客さんが妙に少なく、高い確率で湯船を独り占めに出来る。
もうここまでくると贅沢を通り越して、何だかもったいない。






思う存分温泉に浸かり、身体は芯からポカポカ。
せっかくなので、ちょいと館内を見て周る事にした。






フロント。






今の時代、宿泊の予約はインターネットで完結するのが当たり前。
しかし豊国館では、予約は電話のみ可能であり、じゃらんnetでも楽天トラベルでも予約は出来ないのだ。

この時代になぜ予約は電話のみなのか。
それはオーナーのこだわりであり、それこそが豊国館の温もりに繋がる。

”電話を受け、お客さんと直接話し、予約表に手書きで記入して初めて予約が完了する。
直接話す事で、機械的な予約受付では分かり得ないお客さんの様々な状態が分かる。
身体が不自由なお客さんであればアクセスの良い部屋に割り当て、アレルギー体質のお客さんには特製の料理を作る。”

そんな人と人との繋がりを大事にした、真心あふれる宿こそが豊国館の魅力である。






予約の電話をしてもフロントに誰も居ない事も多い。
そんな時は時間をおいてから再度電話すればいい。

豊国館の時間はゆっくり進む。
慌てず、焦らずに過ごせばいい
設備が良い訳でもなく、接客が特別良い訳でも無いが、豊国館の時間の流れに身を任すことで、初めて豊国館の良さに気が付くのかもしれない。








湯治客用に、缶詰や漬物や酒類を売っていた。






豊国館の湯の花も売っている。
自宅で使いたいが浴槽を痛めるので使えない。
代金はビンの中に入れる無人販売所方式。






フロントから浴場へ向かう入り組んだ廊下。






光沢のある廊下は、歩く度に「ギシ・・ギシ・・」と音を立てて軋む。








配管は剥き出し。
様々な規制が絡み思うように増改築が出来なかったり、消防法など現代の基準を満たすようお金を掛けて改修しなくてはならなかったり、単に昔のまま営業すればよい訳ではなく色々と大変なようだ。






館内の分電盤。
随分年季が入っているが今でも現役で使っているようだ。






窓の外に何やら奇妙な設備が見える。
ここでは「硫化水素のガス抜き」と「湯の花落とし」を行っている。
もし湧き出た源泉をそのまま湯船に入れると肌がボロボロになったりガス中毒になってしまうほど万座の湯は強い。






館内には「展示室」と書かれた一室があった。








展示室には落語関係の書籍の展示や、万座温泉に縁のある人物の資料の他、創業当時の豊国館の写真や、草軽電気鉄道の資料が展示されていた。






中でも興味深かったのが、日本各地の湯の花。






それぞれの湯の花に細かい説明が明記されている。
一般的な入浴剤に馴染みはあっても湯の花は使ったことが無いので興味がわいてきた。






展示室の先は新館になる。
オーナーとお話した時に、
「写真撮るなら新館も好きに入って撮って良いよ」
と、言ってくれた。

旧館に比べると明るく綺麗で、個室も和風旅館といった感じ。
でもやっぱり私は本館のほうが好きです。








本館に戻ってきた。






食堂へ繋がる通路。
廊下も壁も、良い色をしている。






階段を上ったり下がったり、迷路の様に入り組んだ館内。
まるで栄螺堂のような建築。






部屋に戻り一息。
窓の外を見ると、下界とは別世界の雪国だった。








日は傾き、万座に夜がやってくる。






車の荷物を取りに外に出た。
暗くなった万座の地には蝋燭のように旅館の光が灯っていた。

私の身体にはすっかり硫黄の香りが擦りこまれ、外に出ても硫黄の香りが付きまとう。
これぞ硫黄泉の醍醐味。






自炊プランなので夕食は出ない。
一日目の夕飯は適当に買った弁当を適当に食べた。

布団を敷き、また風呂に入り、寝る準備をする。






そして晩酌タイム!
来る途中の浅間酒造で買った、高い日本酒と普通の焼酎をチビチビ飲む。
フラフラしてきたところで布団にダイブ。
そのまま深い眠りに就いた。




――――――――――――





翌朝、窓の外を見ると雪が降っていた。
しんしんと雪が降りしきる、静かな朝。
取りあえず、風呂に入ろうか。









凍てつくような寒さに震えながら、湯船に身を沈める。
外気温が低いため、湯温もあまり熱くない。
こりゃ長湯が出来るぞ。

結局、一時間くらいボケーっと浸かってた。






この時期の宿泊者は大半がスキー客。
よって、彼らが出払うと館内はもぬけの殻となる。






まるで時間が止まったかのような静寂。






朝飯の支度をしよう。
自炊場では調理器具や食器を自由に使える。
ここで料理を作って、自室で食べる。






使い込まれた鍋やフライパン。
湯治場の風景。






湯治客同士でおかずを交換したり、一緒に飯を食ったり、というのはよくある光景らしい。








周辺に何もない僻地の万座温泉。
他のホテルの食事の情報が書かれていた。
口恋しくなった湯治客にはありがたい。






年季の入った古いコンロ。
お湯を沸かそうと、元栓開けてガスを出してマッチで火をつける。
久しく嗅いでないマッチの臭いも、なんだか懐かしさを覚えた。






まあ、料理と言っても全てレトルト。
時間はあるくせ持ち前の無精者っぷりを遺憾なく発揮。






飯はこんな感じに。
サトウのごはん、初めて食ったけど結構うまい。




――――――――――――





朝飯の後、静かな自分だけの時間を過ごす。
初日から携帯の電源は切っているので誰の邪魔も入らない。

持ち込んだ小説を読み、気が向いたら風呂に入りに行く。
腹が減ったらまた適当に飯を作る。
そして本を読み、また風呂に入る。

湯船で出会う他の湯治客と言葉を交わすのも一興。
会う者皆「ここの湯は最高だ」と口を揃えて言う。
もちろん私も同じ意見。






贅沢な時間はあっという間に過ぎ、とうとう万座で過ごす最後の夜となってしまった。
湯船に身体を預けながら本日最後の湯を楽しむ。

空を見ると、月明かりに照らされた雲が、遠くの山の稜線を越えていくのが見えた。
形を変えながら流れていく雲を見ていると、時間が過ぎていくのを忘れてしまいそうだ。
穏やかな風がそよぎ、火照った身体を丁度良く冷ます。
標高1800mの雲上の湯船はさながら天空の楽園だった。






部屋に戻り、ちょっとだけ酒を飲み、あとは静かに過ごす事にした。
明日は土曜日、スキー客の来訪に備えてひっきりなしに走る除雪車の走る音がする。
部屋のエアコンからは温風に加えて時折硫化水素の香りも運んでくる。

五感を全て使って万座の最後の空気を満喫する。




――――――――――――







そして三日目の朝。
これが万座で過ごす、最後の風呂。

後悔の無いよう、いつも以上に硫黄の香りや、ピリッとした肌の感触を味わった。
そして最後に頭から万座の湯を被って湯から上がる。






場合によってはもう一泊追加しようかと思っていたが、予想通りスキー客の大群が押し寄せて来たため、大人しく帰る事にした。
部屋を片づけチェックアウト。
三日間お世話になりました。






私が日本で一番好きな宿、万座温泉豊国館。
そのうちまた来ます。



参考サイト
万座温泉豊国館公式サイト
万座温泉ファン豊国館サポーターズページ




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